• 2018
  • 6/25

“Dark Side of the Moon”と”Far Side of the Moon”


NASAの月探査機「LRO」が撮影した、月の裏側と地球 Image Credit: NASA

 ダーク・サイド(dark side)と聞いて、なにを思い浮かべるだろうか。直訳した「暗い面」、スター・ウォーズに出てくる「暗黒面」など、いずれにしても暗黒や影、負といった印象が真っ先に来る。

 2018年5月21日、中国は月の裏側に位置する軌道に向け、通信衛星を打ち上げた。「鵲橋」(じゃくきょう、かささぎばし)と名付けられたこの衛星は、今年末に月の裏側に着陸する予定の探査機「嫦娥四号」の、地球との中継を担うことを目的としている1

 月は自転周期と公転周期がほぼ同じ、つまり月が1回自転する間に、地球のまわりを1周する。そのため、地球にはつねに同じ面を向けている。この地球に向いている面を「表」、逆にその反対側にあたる、永遠に地球のほうを向くことのない面を「裏」と呼んでいる。この月の裏側に探査機を着陸させると、月自身がつねに壁となり、地球と通信ができない。そこで、地球・月系のラグランジュ第2点をまわるハロー軌道――月の裏側と地球を同時に見渡せる場所に、通信衛星が打ち上げられたのである。

 この鵲橋の打ち上げは、中国による月探査の新たな一歩として、欧米のメディアでも大きく取り上げられた。しかし、見出しなどに、「月の裏側」を指して「Dark Side of the Moon」という言葉を用いるところがいくつかあった。

 たとえばロイター通信は『China launches satellite to explore dark side of moon: Xinhua2』、CNNは『China to explore ‘dark side’ of the moon3』、インディペンデントは『China takes major step towards first ever landing on the dark side of the Moon4』といった具合である。

 もちろんdark sideとはいっても、月の裏側がずっと暗いというわけではない。もちろん暗いときもあるが、それはたんに一時的に太陽光が当たらず影になっているからで、月の裏側にも太陽の光は当たるし、満ち欠けもする。表と裏では、地質学的には違いがあるそうだが、光の当たり方は同じである。

 月の裏側をDark Side of the Moonと呼ぶのはいまに始まったことではなく、辞書にもしっかり、月の裏側を意味する言葉として載っている5。はっきりとした由来は不明だが、BBCによると、「月の裏側は(地球から決して見えず)謎に包まれていることから、darkと呼ばれるようになった」6のだという。

 とはいえ、dark sideといえば暗い面を意味するのでは、紛らわしいのでは、というのは誰もが思うところだろう。では、英語圏ではどうかと思い、Twitterなどを検索してみると、「Dark Side of the Moon」というタイトルで記事を出したメディアのツイートに「月の裏側はつねに暗いわけではないぞ」というツッコミが入っている場面がいくつかあった7

 実際にどれだけの人が「月には永遠に暗闇の面がある」と信じているかというデータは見つけられなかったが、2011年にはNASAがこの話題についてわざわざ解説する記事を出している8ことからも、米国ではそれなりに「あるある」な誤解なのかもしれない。「アポロは月に行っていない」と信じる人が少なからず存在することを考えれば、むべなるかな、というところである。

 最初に月の裏側をDark Side of the Moonと呼んだ人は、おそらくFar sideよりも詩的で、味のある、いい表現だと思ったのだろう(その気持ちには大いに共感する)。

 しかし、月の裏側にも太陽光は当たる、つまり暗いという意味のdark sideではない、という知識が定着するよりも先に、ピンク・フロイドのアルバムにはじまり、映画『トランスフォーマー』のタイトルなどに使われるなどして言葉がひとり歩きし始めたことで、誤解が生まれていったのだろう。まさに、月の裏側がdark(もちろん謎に包まれたという意味)であることが生み出したものといえる。

 また、月が満ち欠けし、大きく影に覆われたり、まったく見えなったりしてダイナミックに変化することも、そうした誤解が広まる手助けをしたのかもしれない。さらに、月の極域のクレーターには永久影(eternal darkness, perpetual darkness)と呼ばれる領域(sideではない)があることから、知識が混ざってしまったという理由もあろう。

 ちなみに「月の裏側」を指す英語には「Far side of the Moon」という言葉もある。直訳すると「月の向こう側」という意味で、月の裏側を指す言葉としてはこちらのほうが正確である。鵲橋の報道では、科学系メディアをはじめ、BBC9やテレグラフ10などもこちらを使っている。ガーディアンは、当初はdark sideという見出しだったが、指摘を受けてfar sideに書き換えている11

 もちろん、ニュース記事などにおいては、Far sideと書くのが適切なのは疑いようもない。今回のことを受けて、次からはFar sideと書くメディアも増えるかもしれない。

 とはいえ、dark sideという響きにもちょっと惹かれるものがある。BBCの記事12ような解説を入れつつ使うのであれば、そんなに悪いことではないように思う。

 いずれ、月の裏側の探査が進んで謎が消え、そして人類が住むようになって月の裏側は永遠に暗闇ではないことが常識になれば、dark Side of the Moonという言葉には、過去の人類が月の裏側に抱いていた想いを偲ぶ意味しか残らなくなるのだから。


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 打ち上げや強化型での改良点などについては、ハーバー・ビジネス・オンラインさんで書いた『「イプシロン」ロケット2号機、打ち上げ成功!  「ガンプラ」を目指す日本の固体ロケット』をご覧いただければと思う。今回は、打ち上げ前の2016年11月24日に行われた記者説明会で、イプシロンのプロマネを務める森田泰弘教授に伺った話について書いてみたい。