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2019年1月24日・雑記

「地球に帰還した宇宙飛行士が重力の存在を忘れているシーン」という動画は「実話をもとにしたフィクション」です

 Twitterで、「地球に帰還した宇宙飛行士が重力の存在を忘れているシーン」という動画が、広く出回っています。

 このツイートへの反応などを見ていると、実際のインタヴュー動画だと信じてしまっている方もいらっしゃるようなので、補足したいと思います。

 もともとこの動画(正確にはこの動画の元となった動画)は、2013年に米国航空宇宙局(NASA)のジョンソン宇宙センターの学生が制作した、広報用のジョーク作品です(元の動画はこちら)。 したがって「宇宙飛行士がインタビューに答える時に重力の存在を忘れてるシーン」ではありません。

 ただ、じつはまったくの嘘というわけではなく、実話に基づいた作品でもあります。

 この動画に出演しているトーマス・マーシュバーン宇宙飛行士は、この動画が制作・公開された2013年当時、Twitterで以下のように発言しています。

フォロワー
「あなたは実際にこのような(重力の存在を忘れて、物を浮かせておいたつもりが落としてしまった)ことをしたのですか?」
マーシュバーン飛行士
「STS-127のミッションを終えたあとに、一度起こりました。また、シャトルが着陸した日に、他の人が同じようなことをしているのを何度か見ましたよ!」

(STS-127というのは、スペース・シャトルのミッションの符号のこと。STS-127は2009年7月15日から31日にかけて行われ、マーシュバーン飛行士はそのひとりとして参加しました。ちなみに帰還時には、それまで国際宇宙ステーションに滞在していた日本人の若田光一宇宙飛行士が搭乗していました)。

 つまり、状況は違えど、これと似たようなことは実際に起きていたというのです。逆にいえばそれがあったからこそ、このような動画が作られたのでしょう。

 また、他の宇宙飛行士のインタヴューや自伝などでも、同じように、宇宙からの帰還直後、重力の存在を忘れて物を落としてしまったと語られることがあり、「宇宙飛行士あるある」のようです。

 ちなみに、この元の動画の説明文には、「”This is JSC” is a satirical series created by students at NASA Johnson Space Center.(”This is JSC”はNASAジョンソン宇宙センターの学生たちによって作られた風刺作品のシリーズです)」と明記されており、少なくとも元の動画さえ見れば、すぐにこれがジョークであり、実際のインタヴュー動画ではないということがわかります。

 また、元の動画自体も、冗談だとわかりやすい作りになっています。まずインタヴュアーが「宇宙飛行士が宇宙ステーションから帰還したあとは、地球上での生活に慣れるのにしばらく時間がかかるものなんですよね」と尋ねているのに対し、マーシュバーン飛行士は「ソユーズの打ち上げは素晴らしいです。シャトルとは違って……」と、なぜか唐突にロケットの話を始め、そしてシャトルに見立てたコップを落としたり、ソユーズに見立てたペンを落としたりします。

 つまり、まず最初に、「宇宙と地球の環境の違いが主題ですよ」と明示されており、なおかつ唐突にロケットの話題が始まることで、「ここからボケますよ、笑いどころですよ」というのがはっきりしているわけです(シットコムのワン・シーンのような感じですね)。

 ただ、最初に挙げたツイートや、そこに埋め込まれた動画では、説明文が省かれているばかりか、動画も最初のインタヴュアーの問いかけの部分がなぜかカットされてしまっており、本当にマーシュバーン飛行士がインタヴュー時にうっかりしてしまったかのように見えてしまいます。

 もちろん、説明文をそのまま書くとTwitterの文字数制限にひっかかるとか、動画もアップできるサイズや時間に制限があったとか、なにか事情があったのかもしれませんが、結果的に多くの人に誤解を広めることになったのは、いただけないと思います。

 また、説明文では、「元宇宙飛行士」となっていますが、マーシュバーン飛行士は現在も宇宙飛行士の資格を持っており、この点も不正確です。

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